こんにちはゆこたです。
2024年8月8日に「パリ2024オリンピック競技大会 女子フリースタイル53キロ級」で優勝を果たした藤波朱理さん。
海外ではその強さから「ワンダーガール(驚異の少女)」有名です。
そんな彼女の父親は一体、どんな方なんでしょうか?
今回は、
この記事の内容
・藤波俊一のプロフィールと経歴をwiki風に紹介
・大学や高校などの学歴は?
・どんな学校生活を送っていたのか?
これらの疑問に答えていこうと思います。
もし、藤波俊一の事を詳しく知りたい方はぜひ最後まで見てみてくださいね。
藤波俊一(藤波朱理・父親)のwiki風経歴とプロフィール!
藤波俊一のwiki風プロフィール
名前:藤波俊一(ふじなみ としかず)
生年月日:1965年
年齢:59歳(2024年8月9日現在)
出身地:三重県
身長:不明
職業:レスリングコーチ
藤波俊一は現役時代に国体に出場し、優勝経験もある元レスリング選手。
藤波朱理の兄・藤波勇飛も格闘家として活躍している元レスリング選手だったのです。
レスリング世界選手権最終日
— Sachiko HOTAKA 8.5-11パリ五輪レスリング 保高幸子 (@greco_free) August 26, 2017
日本選手最後の試合は藤波勇飛、三位決定戦!このあと2:40ころから!みんな寝てないよね!?相手は15年74kg級U23欧州王者のERBOTSONASHVILI(ジョージア)
エルボツォナシビリさんでよいかな
藤波勇飛、銅メダル🥉をかけて戦います! pic.twitter.com/ASYq46pxOw
家族揃って本当に凄いですよね!
また、藤波朱理がレスリングを始めたきっかけは、
・藤波俊一がレスリングを指導する風景
・兄の藤波勇飛が、教室の見学を見に行った
などがあるそうです。
藤波は三重県出身。父の俊一さんや兄の影響で4歳からレスリングを始め、小学生時代から全国大会で優勝するなど頭角を現した。
読売新聞
親の影響というのはものすごく大きいものなんだなと痛感させられます。
大学を卒業した後、三重県のいなべ総合学園高校の教師をしていました。
その時は部活や「いなべレスリングクラブ」の先生としてレスリングを教えています。
強豪校へと成長させたんだって!
2019年はいなべ総合学園高校を退職することになり、日本体育大学のコーチに就任。
しかし、公立高校の先生を辞めたことで、給料が半分になり1年契約という不安がよぎる事態に。
高校で教師をしていた時はとんでもなく忙しかったそうです。
例えば、
・いなべ総合学園高校の教壇に立って話す
・放課後はレスリング部の徹底指導
・学校が終わってからも、教えていた
本当に忙しそうなスケジュールだと感じます。
藤波朱理の父親はとても優れた経歴を持った方だということが分かりますね!
藤波俊一(藤波朱理・父親)の大学は?学歴が凄い!
藤波俊一の学歴は以下の通りです。
それでは、詳しく詳細を見ていきましょう。
大学
藤波俊一は日本体育大学に通っていました。
この学校の偏差値は46~57でした。
偏差値が高いわけではないですが、有名校に入学出来るなんてやばすぎます。
集団の体操で結構人気の大学ですよね!
大学時代はレスリング部に入部していました。
このスポーツは体力と精神力がかりますから、出来るのはやばい。。笑
在学中は国体に出場し、優勝した経験もあります。
まさに、学生生活はレスリング一筋だったわけですな。
高校
調べてみたところ、桑名工業高校だということが分かりました。
高校の偏差値は45です。
僕は40以下だったんで、男として悔しい。。
父の藤波俊一が在学中だった時の1977年、レスリング部はなかったそうなんです。
なるほど。。2013年に廃部になってしまったわけか。
まぁ、高校時代は自分でレスリングの練習でもしていたと思います。
国体で優勝するくらいだから、死ぬほど努力していたんじゃないかな。
まとめ:藤波俊一の学歴と経歴
今回の記事では、藤波朱理の父親・藤波俊一の学歴や経歴などのプロフィールをwiki風に紹介してきました。
最後に本記事の内容をざっくりとまとめると、こんな感じです。
藤波朱理の父親・藤波俊一はスポーツに情熱がありますし、娘への愛がとても感じられました。
最後まで見てくれてありがとうございました。